まちのがんばり屋さん
その明るさの中に隠された秘密。
ひらコン・大阪おいでよ.com でがんばっておられる プチクリエイト代表 松尾さんに聞きました!
まちのがんばり屋さん久々の登場のコッチモです。
今回は「プチクリエイト代表 松尾さん」をご紹介しましょう!! 豪快でとてもたくましい女社長さんです。北大阪商工会議所・青年部の専務理事でもある松尾さんは、「まいぷれ」を陰ながら支えてくださっています。いつも明るいので、こんな過酷な過去を乗り越えて来られてだなんてちっとも気がつきませんでした。
皆さん!ハンカチの用意はいいですか。 特にがんばって生きている女性!(コッチモも一応女性です。オヤジ!って言われることが多いですが。)ぜひ最後まで読んでくださいね!
-事業をはじめようと思われたきっかけは何ですか。-
10年前、夫が突然いなくなり、他に選択肢がありませんでした。 当時、家で手書きPOP等のパートをしていましたが、月10万円もありません。
購入したばかりの家も手放し、1銭もない状態。 しかし、小さい子どもを3人かかえては、フルタイムで働きに行くことは大変ですので、「これは自分で起業するしかない。」と、思いました。
インターネットを利用していろんな仕事ができるようになる。と予測していて、これしかない。と思っていました。私の両親には笑われてしまいましたが…。 ですので、まず初めは、自分にできること印刷業・HP製作業など広告代理業を仕事としていました。
お客様が育ててくれました。
当社は、広告代理業という業種でさせていただいていますが、お客様がポツポツと増え始め、お客様から「マッチ作ってよ。」「看板作成してよ。」など、効果があったということで広告デザインにとどまらず、企画の段階から仕事の依頼があったりと、お客様からのご要望でいろいろな仕事に携わることができました。 お客様が育ててくれたんです。
私は基本的にお客さまからのご依頼は、「できません。」と言わず、「やります!」とお返事します。 そして、インターネットで調べて方法を探し、お客様のご要望を可能にしてきました。 大事なことは、お客さまが望むものを提供することです。
ただ単にご要望を聞くのではなく、本当に欲しいものを察知し、研究して形にして提供してきました。
- 事業をしていて一番良かった点は何ですか。 -
食べていけること!10年前より少しは贅沢できるようになりました。
- 子育ても大変だったのではないですか。 -
はい。それはもう…。子ども達には「私は、見た目女だけど、料理のできるお父さんと思ってね。」と、言っていました。 学校のことなど、子ども達のことはできる限りはするけど、仕事もしなくてはいけないし、全部覚えるキャパがないので、提出物がある時はペンと提出用紙を持ってお母さんが書くまで待っていなさい。など、子ども達と協力しあってやってきたので、みんなたくましく育ちました。
食事は、お弁当の日やカップラーメンの日もありましたので、「食べられるだけで幸せでしょ。」と言っていました。しかし栄養士の免許を持っていますので、バランス良く食べさせてはいました。
今は、休みの日に「おいしいもの食べに行こ!」と言ってあげられるし、ケチケチせずに食べに行けるようになったので、子ども達も幸せを感じていてくれていると思います。
お金は大事!
こういうところを通ってきて子ども達も成長したので、お金は大事!と思ってくれています。 長男は高校時代バイトをしていたのですが、100万円貯蓄し、ヨーロッパ旅行や自動車の免許を取得しました。 それを見て育った次男も今バイトをしていて、本当に使わずに貯蓄しています。
ただ貯蓄するために働いているわけではなく、働くことを喜んでいます。
うちの社員にも言えることですが、皆前向きで働いてくれています。
暗黒の10年前は必至で営業しても、仕事がなかった時から比べると、今は幸せに楽しく仕事ができるので、その気持ちが皆に伝わっているのかな。
一番下のお子さんが職場で遊んでいたなごりのおもちゃが事務所にありました。
- 暗黒の10年前はどのような感じだったのでしょうか。 - 起業した頃は、10ヶ月間生活保護を受けながら仕事をしていました。 0円からのスタートでパソコン1台しかなく、子ども達も食べさせないといけない。どうしよう。と思っている時に知り合いの議員さんが「君のためにある制度だから利用しなさい。そこから抜けだしたらいいんだから。」と、言ってくれました。 それで生活保護を受けながら仕事をしました。お客さんにも隠さず、「今の期間だから、無料ででもできます。!私を試してください!」と、営業していました。 必死で働き、10ヶ月で生活保護よりもお金がいただけるようになりました。子どもには休日も家にいてあげられない日々が続きました。一番下の子は小さかったので、職場に連れて行くこともありました。 振り返ってみたらいい思い出ですがね。
ボランティアができる喜び
お金の使い方がわかるようになり、ボランティアもできるようになりました。 それが、今の「 ひらコン」「 大阪おいでよ.com」につながっています。 もともと専業主婦の時代から プチプチ情報局というボランティアで主婦目線による情報を提供していました。 情報というのが全てのキーワードだし、自分に必要な情報を探すということの大切さを知っていましたので、楽しみながらさせていただいていました。
- 「ひらコン」を開催しようと思ったきっかけは何ですか。 -
男友達にある時、「松尾さんは結婚する気あるんか?」と聞かれました。「ないよ。」と答えましたが、結構お互いの周りに結婚希望者が多く、一度合コンしてみようか!という話になり、セッティングしたんです。 皆さん、期待感を持ってこられますので、積極的で見ている側も幸せになってきます。 誰かと誰かの出会いをマッチングすることは、とても楽しい!こんな場所を提供できるならということがきっかけになりました。
「かみコン」からノウハウを伝授していただきました。
上新庄地域活性化プロジェクト「 かみコン」という婚活イベントを主催されている方にお会いし「ぜひ、枚方でも婚活を盛り上げてください!」ということで、ノウハウを教えていただきました。 実際、かみコンにスタッフとして参加しましたが、みんな楽しそうで幸せそうで、これは枚方でもやりたい!と思いました。 かみコンは地域活性化に重きをおいておられますが、ひらコンは人の出会いに重きをおきたいな。と思っています。かみコンさんのノウハウを活かしつつ、ひらコンオリジナルのイベントにしていけたらいいな、と思っています。 ミニひらコン、プチひらコンはオリジナルで考えました。 また枚方は七夕のまちなので、浴衣をきていただくなど、枚方らしい形を整えていこうと思っています。 おかげさまで、締め切り前に募集人員に達しましたので、皆さん期待していただいているのかな、と思っています。 枚方市に来られたことのない方からもエントリーがあります。出会いのまち、七夕のまち枚方を知っていただけたらと思います。
ひらコンお得情報
ひらコンは、枚方市駅近くにある10店舗のお店を男性グループ、女性グループに分け、進行方向を反対にまわっていき、必ずみなさんに会えるシステムです。 今回、「 minoru」さんがパワーストーンブレスレッド(3,000円相当)を提供してくださいました。 参加者の皆さんには、このブレスレッドをしていただき、各お店に入られる時の証印とさせていただこうと考えています。
- 大阪おいでよ.com とは何ですか。 -
東日本大震災・被災者のための求人サイトです。 一人でも多くの被災された方のお役にたてればと思い、サイトを開きました。
現在は手入力で掲載していますが、システムは今月中に(6月)完成します。 求人掲載は無料です。
ぜひご利用いただけたらと思います。
最後に松尾さんにお聞きしました。
- 将来の展望はありますか。 -
自分の孫と大学に行くことが夢です。 若い人と何の違和感もなくおしゃべりできる、おばあちゃんになりたいです。
- がんばっている女性に何か一言お願いします。 -
がんばり方さえ間違えなければ、絶対報われる! 今やらなければいけないことを決断し、行動する。そして、しんどくても土台を積み上げるという努力を必ず忘れないこと。これは他人には見えないし、自分にしかわからない。地味で目立たないことだけど、一番大事なことだと思います。これさえ間違わなければ、きっと成功します!!
いつも2番手でお手伝いすることが多かったそうですが、今回のひらコンは、「お前がメインとなってやれ!お前ならできる!」とのお達しが委員会の中で上がり、実行委員長としてデビュー。
あのパワフルな裏側に、辛い道のりの過去があり、その道を3人のお子さんと一生懸命生きてきたことを知りました。 「一時本当に精神状態も大変だったのよ!」と明るく語っておられた松尾さん。 これからも「強く!たくましく!かっこよく!」お仕事に、ボランティアにがんばってください!そして、将来お孫さんと大学に行く夢が叶うことを楽しみにしています!!
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