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枚方の地域情報サイト「まいぷれ」枚方市

あふれる魅力再発見

枚方八景と周辺の探訪・お店ご紹介(その6)

六景「百済寺跡の松風」

2012/02/08

「枚方八景」は、枚方市が昭和59年(1984年)10月1日の市制35周年を記念して、「ふるさと枚方」の風景にふさわしい場所を公募し、市民投票と選定委員会により8か所が選定された。(「枚方八景マップ」参照)
市民の誇りとなる素晴らしい景観を広く知ってもらい、保全して子孫に伝承していこうと言う目的で「淀川の四季」「樟葉宮跡の杜」「牧野の桜」「山田池の月」「国見山の展望」「百済寺跡の松風」「万年寺山の緑陰」「香里団地の並木」の8か所が定められた。

「枚方八景」について、一景から八景まで順次ご紹介します。枚方市 文化観光課から取材や資料提供などのご協力を頂き、周辺の探訪やグルメ・お土産屋さんなどもご紹介します。
枚方八景マップ
枚方八景マップ

「百済寺跡の松風」(くだらじあとのしょうふう)

(特別史跡 百済寺跡)
(特別史跡 百済寺跡)
枚方市中宮にある特別史跡「百済寺跡」は、8世紀後半に百済王の末裔である百済王氏(くだらこにきし)が、難波からこの地に移り、一族の氏寺として建立した寺跡と考えられ、昭和16年に国の史跡に指定され、昭和27年3月に特別史跡となった。府下で大阪城跡とならぶ特別史跡でありながら、老松や雑木が繁って立ち入る人もなく、熊笹のあいまに礎石が見られる荒廃ぶりであったが全国でも初めての史跡公園として、昭和41年から2年間かけて市民の憩いの広場に整備された。
(百済寺跡全景)
(百済寺跡全景)
寺院遺構が復元された公園は、礎石などがよく残り、双塔式の美しい伽羅配置をうきたたせ、金堂にとりつく回廊跡には灌木が植えられ、四季折々の風情があり、訪ねる人に潤いをあたえてくれる。自然の老松や補植された黒松・赤松が濃い緑で遺構をつつんでおり、松の梢をわたる風は、訪れる人々に、在りし日の七堂伽藍の面影を語りかけてようである。平成17年度から百済寺跡再整備のための発掘調査が行われ、官寺的施設を備えた格式高い寺であることがわかってきた。

(京阪電鉄、枚方市駅から交野線「宮之阪駅」から東方向に歩いて約7分。 「枚方市」駅下車、南口より京阪バスに乗車(61・62・63・64・65・68・70・71・72・78系統、乗車時間は約7~10分)「中宮」バス停で下車徒歩約1分)

「百済王神社」(くだらおうじんじゃ)

(百済王神社)
(百済王神社)
「百済王神社」は、1446年(文安3年)に著された『百済王霊祠廟由諸』によれば、737年(天平9年)百済王南典が病没し、聖武天皇は百済王一族の霊を安置するため、百済寺と百済王祠を建立したとある。一方、百済寺は創建に関わったとみられる百済王敬福が750年(天平勝宝2年)に河内守に任ぜられて当地に居住したと考えられることや奈良時代末期の瓦が出土していることなどから750~783年の間に建立をみたと考えられている。当社のその後の沿革は明らかではなく、数度の火災により次第に衰退したとされる。現本社本殿は1827年(文政10年)に春日大社古社殿を移築したもので、極めて保存がよく、当初の形式を伝える遺構で貴重な社殿である。現在の祭神は百済国王と進雄命(すさのおのみこと)となっていている。

「枚方・百済フェスティバル」

2005年から百済の会・枚方市教育委員会・枚方観光協会で「枚方・百済フェスティバル実行委員会」を組織し、毎年5月上旬に百済の王族や貴族などの当時の衣装で百済寺跡から会場の岡東中央公園までのチャング(韓国民族楽器)パレードと、野外ステージで百済と古代枚方にまつわる講演、近隣の小中高生による箏などの演奏、和太鼓やチャングの演奏や日本民謡、日本・沖縄・インド舞踊、野点(お抹茶)、赤米のお餅、韓国物産の模擬店など、歴史や音楽・食といったさまざまな形で、楽しみながら日韓交流の歴史を学んでいる。
(フェステバル会場風景)
(フェステバル会場風景)
(パレード風景写真)
(パレード風景写真)
(パレード風景写真)
(パレード風景写真)
(以前、まいぷれの探訪記事でもご紹介)
「百済寺跡」および関連行事のご紹介  詳しくは ⇒ こちら

◎百済の会のホームページ ⇒ こちら

「禁野車塚古墳」(きんやくるまづかこふん)

(禁野車塚古墳)
(禁野車塚古墳)
「禁野車塚古墳」は、枚方市の京阪電鉄交野線宮之阪駅徒歩5分のところにあり、全長120メートルと北河内屈指のきさを誇る邪馬台国の女王・卑弥呼(ひみこ)の墓との説がある箸墓古墳(はしはかこふん、奈良県桜井市)と形がよく似ており、箸墓古墳と同時代の3世紀末~4世紀初頭に造られた可能性が高いとされている。「禁野車塚古墳」は、天野川に臨む段丘に位置しており、被葬者は淀川と天野川の合流地点を掌握し、かつ箸墓古墳の被葬者とも関係の深い人物であると考えられている。

「牧野車塚古墳」(まきのくるまづかこふん)

(牧野車塚古墳)
(牧野車塚古墳)
「牧野車塚古墳」は、枚方市駅北口から京阪バス「北片鉾」行き(12系統)、または「小倉町」行き(13系統)に乗車し、「片鉾・中央図書館」バス停下車、徒歩1分のところにあり、全長107.5メートルの前方後円墳である。周囲に幅約10メートルの空濠(からぼり)を巡らせ、西側から南側にかけて外堤(がいてい)を留め、築造当時の形をよく残していて、大正11年(1922年)には国史跡に指定。出土した円筒埴輪の形などから4世紀後半以前に築造されたと考えられている。古墳の上には木々が生い茂り、外からは雑木林のように見えるが墳丘に上ってみるとその形がよくわかり、大型前方後円墳の雄大さを肌で感じることができる。「牧野車塚古墳」は車塚公園の中にあり、憩いの場として市民に豊かな緑を提供している。

千数百年前の枚方と百済との歴史的背景を思い描きながら街を歩いてみてはいかがですか。またいつもとは違った景色に見えるはず!

周辺の探訪~お店ご紹介~

百済寺跡周辺のお店を簡単にご紹介。
(百済寺跡散策の帰りに寄ってみてはいかがですか。)

海鮮餃子の北京(中華料理・餃子)

イズミヤ枚方店専門店街

宮之阪中央商店街

割烹ゆうな(割烹・季節料理)

日本料理 大屋(日本料理・会席)

富久路(活魚・寿司・季節料理)

日本料理ひらかた仙亭(料亭)
取材・編集ご協力: 枚方市 文化観光課様、文化財課様、
             青木二郎様(枚方市立地域活性化支援センター)
皆様ご協力、本当にありがとうございました。           by チャリンコ T